グローブミュージアム‐日本手袋工業組合

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手袋の歩み 創成期





  •  東かがわ市の手袋づくりは、明治21年(1888)に両児舜礼がメリヤス手袋を製造したことを始まりとしています。その後、棚次辰吉が最初の手袋会社「積善商会」を設立し、本格的に経営がなされるようになりました。
    • 嘉永6年(1853)

      両児舜礼が讃岐国大内郡松原村(東かがわ市松原)棚次利平の長男として生まれる。

      ペリー来航。

    • 慶応3年(1867)

      大政奉還。

    • 明治7年(1874)

      棚次辰吉が名東県讃岐国大内郡松原村(東かがわ市松原)棚次惣作の三男として生まれる。両児舜礼の従兄弟にあたる。

    • 明治15年(1882)

      渋沢栄一らが大坂紡績株式会社を設立する。この後、紡績ブームが起こる。

    • 明治19年(1886)

      明治16年(1883)に白鳥村千光寺の副住職に迎えられた両児舜礼は、同19年には還俗して同村の三好タケノ(当時19歳、のちの明石タケノ)と駆落ちし大阪へ出る。

    • 明治21年(1888)

      大阪へ駆落ちした両児舜礼が生計を立てるために、メリヤス製品のてぐつ(手靴)といわれた指無し手袋の縫製をはじめる。東かがわ市ではこの年を手袋づくりが始まった年としている。

    • 明治22年(1889)

      大日本帝国憲法発布。

    • 明治24年(1891)

      亡父の仏事に帰郷した両児舜礼は、棚次辰吉(当時18歳)とタケノの親類の寺井カネ(当時18歳)と六車ルイ(当時19歳)を連れて帰阪し、家業を拡大し本格的に経営に乗り出す。

    • 明治25年(1892)

      両児舜礼が脳涙結昌病で39歳の短い生涯を閉じる。両児舜礼の急死により、棚次辰吉が舜礼の未亡人タケノを助けて遺業を継ぐことになる。

    • 明治中期

      大内郡松原村(東かがわ市松原)出身の森本吉太郎が、大阪市で糸商を営み、ランプの火屋や芯、コウモリ傘、そして手袋も販売する。

    • 明治27年(1894)

      日清戦争勃発。

    • 明治32年(1899)

      棚次辰吉が故郷松原村に帰村し、教蓮寺住職楠正雄と松原村村長橋本安兵衛の協力を得て、衰退期にあった製塩業に従事する塩業民救済のため、教蓮寺境内に手袋製造所「積善商会」を設立する。

    • 積善商会
      積善商会
    • 明治33年(1900)

      棚次辰吉がドイツ製の飾縫手袋にヒントを得て軽便飾縫ミシンを発明し、同35年専売特許4185号を取得する。同36年同機が第5回内国勧業博覧会で褒賞を受ける。

    • 明治37年(1904)

      日露戦争勃発。


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